思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

「ゲド戦記外伝」の思い出

アーシュラ・K・ル=グウィンゲド戦記」は、俺が再読した数少ない小説のうちのひとつで、第一巻や第四巻を読了後の寄る辺なき寂寥感はいまでも手にとるように思い出すことができる。

だが、当時(中学生だっただろうか)の俺に胸の苦しみを与えてもっとも悶えさせたのは、「ゲド戦記外伝」に収められた一短編「ドラゴンフライ」ではないだろうか。アイリアンを女人禁制のローク学院へと送りこむべく手助けをする若き魔法使いのゾウゲは、彼女の肉体とみずみずしい長髪に惹かれてひそかに劣情を寄せる自分を抑えることができない。かれは友人として彼女の助力となることを願いながらも、その一方で、見返りとしてアイリアンの肉体に触れる権利が自分にあるはずだと情けなくも期待してしまうのだ。かれは最終的に彼女の望み通りに学院へと送り届ける約束を果たすが、ついに彼女の身体に触れることはなかった。それはおそらくはかれの臆病な心のためだが、同時に、彼女の自尊心と、自分を疑うことを知らない気高い精神に敬意を表して、そのような人とほんの一時ではあれ友人であったことを誇りに思いたいという矜持もあったにちがいない。

その後の物語や続編でゾウゲが再登場することはいっさいない。かれの秘められた感情は物語の空隙を永遠にただよい、だれも知ることのないまま、アースシー世界の一端で起きた些末な過去として消え去りゆく。かれのいりくんだ感情が作者の描く物語自身によって見過ごされ、忘れ去られるがゆえに、小説を読み終わって俺がアースシー世界から切り離されたあとでも、俺の内部で強く持続して、その詩情はひときわ豊かな薫香を放つのだ。