思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

その男ゾルバ、彫刻された人物

不思議とカザンザキスの小説「その男ゾルバ」をくり返し思い出す。木材を山から滑り下ろすケーブルを建設することに夢中になるあまり、人の意見が耳に入らない強情張りのゾルバ、一銭も稼ぐことなくあえなく倒壊するケーブルを目にして、まるで古代の神殿のように動じることなく夕陽を受けてじっとたたずむゾルバ、語り手との永い別離ののち、蒼く輝く鉱石を掘り当てたことを嬉々として手紙に寄越すゾルバ。ゾルバとはカザンザキスの手によっておそろしく見事に彫刻された「確かにそこにいる」人間であり、時を問わずいつしかわれわれ読者のなじみ深い顔となってくれる。

小説に触れることでかれがたやすくわれわれの旧友となってくれるわけではない。たとえ言語の障害が取り除けられたとしても、かれがわれわれに親しく語りかけたり、かれとともに過ごすときが愉快なものになることが許されるわけではない。決してそういうことではなく、かれの額に刻まれた潮の流れのような深い皺に目をやったときの驚嘆や、松の木のように骨ばった分厚い手のひらと握手を交わすときのずっしりとした感触が、まるで遠い昔に邂逅したことがあるごとく、なつかしく思い出されるのだ。この意味で小説の登場人物たちはわれわれの友人とはならず、固有の彫像としてそこに在り続ける。