思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

カポーティ「遠い声 遠い部屋」を読んでいる間、この小説について将来思い返すことはないし、またその価値もないだろうと思えるくらいに読書が苦痛で、読了後の印象もまるで掴みどころがなく途方に暮れていたことを思い出す。それから何年も経った今になって、作中の出来事がまるで本当に私の少年時代を彩っていたかのごとく、胸が締めつけられるような思い出とともにこの小説が自然と思い出されるのはなぜだろう。

父親を探して単身で訪れた小さな田舎町で出会う人々は、父親と同様にどこか儚げなあやうさを湛えている。不用意な言葉一つによってかれらの存在にひびが入り、もとに戻せないほどこなごなに砕け散ってしまうのではないかと思えるほどに、ぎりぎりの繊細な均衡の中で世界が調和を保っている。くるおしいほどの切迫感が、少年の目に入ってくる人びとの営みや自然の風景を、顕微鏡をのぞいているかのように拡大させるので、父親の姿はあっという間にはるか遠景にぼやけてしまう。