思ったこと、考えたこと。

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日本の労働生産性が低いのは、労働集約型産業の就業者数が多いから

労働生産性は国や産業ごとに異なり、産業別にみた労働生産性の分布もまた国によって大きく異なる。たとえば、日本の化学工業の労働生産性アメリカに匹敵する高水準を誇るが、サービス産業においては著しく劣り、アメリカはおろかドイツやイギリスにも及ばない*1

総体としてみたときの日本の労働生産性が他先進国と比較して低いのは、サービス産業や食料品製造業といった、労働生産性が低い産業における就業者の占める割合の高いことが主要因となっている。これは国勢調査の統計に基づいてかなりはっきりと言える事実である。図1は国内主要産業別の就業者数*2(棒グラフ、左軸)と、就業1時間あたりの名目労働生産性*3(折れ線、右軸)を示したものだ。労働生産性が高い順に、不動産業・物品賃貸業(30213円)、電気・ガス・熱供給・水道業(12743円)、情報通信業(7511円)となっており、これらの産業の就業者数は全体の6%を占めるにすぎない。これに対して、卸売業・小売業、製造業、医療・福祉、建設業の合計就業者数は全体の過半数を占めているものの、その名目労働生産性は軒並み低く、総計でみたときの労働生産性水準を下げる大きな要因になっているのである。

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図1:主要産業ごとの就業者数と名目労働生産性

図2は製造業業種別の就業者数*4と名目労働生産性を示したものである。産業別にみたときと同様に、業種によっても大きな格差が存在することがわかる。労働生産性が高い順に、石油製品・石炭製品製造業(80909円)、化学工業(13716円)、情報通信機械器具製造業(10481円)となっている。一方で、最も多数の就業者を擁する食料品製造業は4639円にすぎず、この労働生産性は石油製品・石炭製品製造業の17分の1にすぎない。同じ製造業であっても、労働生産性の差が業種間で最大55倍にも達することは驚くべきことだ。

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図2:製造業業種ごとの就業者数と名目労働生産性

では、そもそも産業ごとに労働生産性が大きく異なり、ときとして20倍や50倍もの開きが生じるのはなぜだろうか。ここからは推測になるが、労働生産性の格差は労働集約型産業と資本集約型産業のちがいを直接的に反映している。たとえば、電気・ガス・熱供給・水道業は各種インフラを整備すれば、その適切な維持管理によって事業活動は十分に成り立つ。インフラ事業を維持するために過剰に人員を雇う必要はないのである。同様に、石油製品・石炭製品製造業や化学工業における事業活動の核心は化学プラントやコンビナート施設などの資本にあり、製造設備を一度立ち上げてしまえば直接労働者がいなくとも稼働できる。このように、資本集約型産業は人件費をかけずに投下資本そのものによって事業を継続することができるために、労働集約型産業と比較して労働生産性は高くなる。実際に、各製造業業種別にみた就業者1人あたりの資本額、すなわち資本-労働比率は、労働生産性と強く正相関していることが認められるだろう。

これと合わせて、石油・化学工業の資本集約度が高いことは、必ずしも現代日本に限った状況ではないという指摘は重要である。1950年代において、これらの業種における資本-労働比率は各種製造業の中ですでに突出して高いツートップであった*5。そして、インドやマレーシアにおいても、これらの業種の資本-労働比率は、他業種と比較したときにやはり目立って高水準にあるのである。このことは、各国の市場環境や産業構造の相違に関わらず、資本-労働比率が産業の継続条件に内在する特質に強く依存していることを示している。あるいは、資本集約度は産業が成立する条件そのものであり、就業者数に対して一定額以上の資本を投下したときに初めて事業の継続が可能となるともいえるだろう。

以上の洞察は、国内各産業の労働生産性について考えるとき、事業を継続させるための固有の制約条件から離れることはできないという視点を提供する。しばしば見られる分析として、労働生産性を付加価値率、資本回転率、資本-労働比率に分解したうえで、資本回転率と資本-労働比率の改善が困難であることから、国内産業、特に製造業を強化するには付加価値率の向上が重要であるという指摘がある。しかしながら、各産業が事業を継続しうる範囲で選択が許される資本-労働比率の制限によって、ときとして50倍以上の労働生産性の格差につながることはもはや無視できない。ある産業の付加価値率や資本回転率をたかが数十パーセント改善したところで、他産業を凌駕するにはいたらず、労働生産性はけっきょくのところ、その資本集約度に見合ったものにとどまり続けるだろう。国内の労働生産性を向上させるために求められることは、付加価値率の向上ではなく、資本集約度の高い産業の拡大と就業者の大規模な移転を通した、産業構造の抜本的な変革なのだ。

*1:「産業別労働生産性水準の国際比較」https://www.jpc-net.jp/study/sd7.pdf

*2:総務省労働力調査」による

*3:「主要産業の労働生産性水準」https://www.jpc-net.jp/jamp/data/JAMP03.pdf

*4:国勢調査 平成27年国勢調査 抽出詳細集計(就業者の産業(小分類)・職業(小分類)など)

*5:「資本・労働比率(K/L)の国際比較」https://www.komazawa-u.ac.jp/~kobamasa/lecture/japaneco/KLratio/KL3nations.htm