2017-03-07 ■ 俺の限界がたかだか後立山連峰3泊4日だということを認めるのはつらいことだ。俺はなにか人生において手形となるような経験を山で得たいのだ、たとえそれが死であっても。ある凝縮されたひとつの認識を生活のまるごとに投錨させて、この人生が、巨大な錨が海底に沈みこむときに響きわたる重苦しい残響となることを望む。