ドニ・ディドロの「運命論者ジャックとその主人」を携えてタイへ。
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6月4日よりタイへ出張する。仕事のことよりもKに再会することで頭がいっぱいだ。Nが空港で俺を迎えてホテルまで案内してくれるという。彼女の優しさは俺が彼女を空港まで見送りに行ったことへの返礼というよりも、なにか追い詰められたような切迫感がわずかに入り混じっている。
最近はもうlineの返事がずいぶんそっけないが、一時期のKも、ひとりでいると死んでしまううさぎのように毎日メッセージを俺に送ってきたものだった。あの頃のKはどこに行ってしまったのか・・・
仏教
俺が仏教の神々や世界観に興味をもちこそすれ、その教えにまったく惹かれないのは、仏教が苦しみや感情の起伏をきわめてネガティブに捉えているだけではない。救いや慈悲という言葉には、人生やこの世界に横たわる巨大な不条理に対してわれわれの肌膚を鈍感にし、あたかも家畜を屠殺してその肉を選り分けるように、世界を苦しみと苦しみでないものにいともたやすく分断することで、その計量をもとに打算的に振るまうことができると信じさせるような浅ましさが染みついているように思えるからだ。
教えを説く人に聞いてみたい。俺はあなたが苦しみと感じるもののなかに来たるべき熱情を透かし見るし、あなたが平穏と呼ぶもののなかに引き裂かれるような悲哀を予見するのだが、それでも苦しみは平穏へと変えられなければならないのだろうか。輪廻というものがあるとして、肉体が滅んでも恥辱だけが残るような死をわれわれが繰りかえしてきたとしたら、この恥辱のうずたかい堆積の重荷にわれわれは耐えきれるのだろうか。
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近況を記しておく。「ボーン・アイデンティティー」を観た。
5月末に出発する予定だったタイ出張は6月上旬に延期となりそうだ。量産ラインで使用する治具が、まだタイ工場に出荷できるほどの完成度ではないからだ。もしタイに行けたら、ともに仕事をしていたKにアユタヤ観光に連れて行ってもらう。そしてKに好意を伝えて玉砕してくるつもり。玉砕しようが構わない、俺には山があるから。
虫歯の治療で奥歯の神経を抜いてもらった。治療が完了するまで、7,8回は通院する必要があると言われた。これはやばいよ。
ベンチプレスで持ち上げる重量は57.5kgから成長していない。自分の体重を上回る重量を持ち上げるには、これまでの努力では足りないらしい。目標は70kgだ。
すでに帰国したタイ人のNから頻繁にlineが来る。近況や食べ物の写真を送ってくるだけでなく、復縁しようと迫ってくる元彼氏についての相談もしてくることがある。なぜ俺に相談してくるのかよく分からないが、親身にアドバイスはしてみる。俺にとっては貴重な外国の友人だ。彼女はタイ南部の出身で、中国クォーターである。そのためか肌が一般的なタイ人よりも白い。
群馬-新潟国境の越後駒ヶ岳-平ヶ岳-巻機山をつなぐ連峰の縦走をしている人が極端に少ないので、不思議に思っていたのだが、藪がすさまじいために積雪期しか歩き通すことができないようだ。おそろしいね。
6月中旬に企画部長や同期らとともに行く予定の八ヶ岳登山は、タイ出張の予定とかぶって参加できないかもしれない。それはそれで構わない。6人パーティは多すぎる。しかもそのうち3人が初心者なので、わずか一泊二日でも計画通りに行くとは思えない。道中の気遣いや接待を想像するとげんなりしてくる。
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実際、われわれは人生を家畜のように虐げることで、そこから甘い汁を吸うことに期待しすぎている。その見こみは、人生が人格という一貫した原理と法則によって連続的に推移してゆき、会計帳簿のように計算可能で、適切な処理を施し、その処理に対して最適な分析を施すことで原理と法則から逸脱しない範囲で期待通りの成果を挙げられるという、実験物理学的な追求心への拘泥から派生したものである。
人生においてひとは自由であることはできない。しかし、この人生から自由を横取りすることは少なくともできるだろう。
俺は人生を水晶玉かなにかのように後生大事に抱えて生きている人間をよそ目に、自分が抱え持っているものに思うさま唾を吐きかけて、誰も見向きもしない薄汚いそれが他の誰でもないまさに俺のものだとうそぶきたい。それは、水晶玉と思われていたものが残らず血と糞にまみれた恥辱の汚物の塊だったということが暴露されるときだ。
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タイ人のNが帰国するので、彼女と入れ替わりに日本へ長期研修に来たPとともに空港まで見送りに行った。ヘアアイロンが欲しいとPが言うので、帰りに買い物に付き合った。
Pは海外が初めてであり、大学時代に日本語を第二外国語として学んだことを除けば、日本のことをほとんど知らないという。来日してわずか一週間にも関わらず、彼女の適応力には驚かされる。彼女はわさびのたっぷり入った寿司を楽しめるし、つけ麺はもちろん、カツ丼や味噌汁も喜んで食べる。電車やバスに一人でも乗れるように、行き先を告げるアナウンスを理解しようと、日本語について俺にいろいろ尋ねてくる。Pの好奇心の旺盛さは4月にすでに帰国したKの比ではない。そもそもKは日本の食べ物ではつけ麺とスナック菓子以外はそれほど好きではなかった。
だが、彼女たちの共通点は辛いものが大好きだということだ。カツ丼やつけ麺に唐辛子をドバドバかけて、「う~ん、辛くないよ。辛いほうが好き」と言う。どういう味覚をしているのか・・・
タイのこと日本のこと、そしてタイ語について、彼女たちと英語でいろいろ話すのは楽しい。タイ人の女の子と一緒にいるのは山登りと同じくらい楽しい。