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思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

凸レンズ的な小説というもの

映画「ガープの世界」を観た。本当は原作小説を先に読みたかったのだが、前々から映画の方も気になっていた。

 

 「ホテル・ニューハンプシャー」を読み、アーヴィングの小説の凸レンズ的な性質に俺は価値を見出すことができなかったのだが、この映画にしても、おおむね俺の悪い予想を裏切るものではなかった。作品のエクリチュールとは、小説や映画における各要素の意味とメッセージを分析・解釈しようとする読者の視線をその内部で屈折させ、一点に集束させて実像を形成させたり、あるいは無数に発散させて読者の側に虚像を形作る、ひとつのレンズのようなものである。凸レンズに光線を入射させれば、凸レンズはそれに応えてスクリーンに実像を写し出してくれる。同様に、凡庸な小説は、読者が解釈の光線をよこして、実体のある像を結ぶことをみずから期待している。私たちはただ、凸レンズが作り出す実像の位置を予期して、焦点距離を考慮した間合いと、光線を送り出す方向に注意しさえすればよい。だが、それは読者と小説とのあいだに交差する駆け引きをひとっ飛びして、互いに合意の上で一気に最終解決を迎えてしまおうとするようなものだ。謎は謎として解かれることを望まず、それを使えば答えが導かれることをあらかじめ知っている解き方を謎に対して提示することが求められている。これほど馬鹿げたことはない。