思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

ボルダリングについて。3級課題をひとつ登れた。スラブの2級もひとつ登れた。ルーフの4級はまだ登れないものがあるものの、少しずつ上達している気がする。以前は3級が途方も無い難しさに感じられて、どうホールドするかも想像がつかなかったものだが、最近は途中まで登ることができる3級課題もそこそこ増えてきた。

ジムに来てよく顔を合わせる常連も上達しているようで、かれらになかなか追いつけない。

 

小学生以来の俺の友人は、博士課程在学中に大学の編入試験を受けて、単位取得退学後のいまは医学部の学生となっている。どんな分野の医療に関わりたいかとかれに尋ねたら、「多忙・ハードではなく、なおかつ、将来になってもAIに仕事を取られないで済むような分野がいい」ということであった。具体的には、産婦人科や救急医療は訴訟リスクや業務量の点から望ましくないが、呼吸器内科は基礎研究的な要素があるのも合わさって興味をもっているらしい。医師の職業を生活の術としてしか捉えておらず、理想のかけらももっていないのは少し違和感を覚えたが、かれは研究者を一度は志したものの挫折した人間であり、そもそも大学での専攻も興味関心ではなく功利主義的に選んでいたふしがあるから、それほど疑問ではない。

火曜日と水曜日は有給を使い、「インドへの道」をゆったり読んで過ごしていた。わずか二日だったが、なんと優雅で満ち足りた休息だったろうか! 「インドへの道」は、われわれが異文化に近づこうとするときに落ちこむ陥穽を、二人のイギリス婦人の経験を借りて剔出している。その陥穽とは、新鮮な経験によって人生を試そうとする純真な人間が思わずはまりこむ感覚的な期待というものが、異国の地に足を踏み入れたときにこれまでにない惑乱を受け、手ひどい敗退を喫したという挫折の苦みを味わったあとで、同国人の仲間たちとともに異国の風土を眺めおろす場所へと逃げ帰ることにより、諦観と寛容という衣を着せられたおなじみの人種的偏見へと回収される罠のことである。

アデラ・クウェステッド、ムア夫人、フィールディング、かれらイギリス人がインドといかに出会い、異国において三者三様に変質した期待をいかに受容するかが描かれる。明らかにフィールディングはこの三人の中でもっとも経験を積んでおり、それゆえに自分の人生を試そうとする下心が待ち構える落とし穴を回避する術を知っていた。

フォースターの「インドへの道」を読む。始めの数ページがインドの一地方の退屈な風景描写に費やされるので、投げ出さずに読み通せるか不安を感じていたが、読んでみるとかなり面白い。