思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

薬師岳・雲ノ平

会社の同期と二泊三日で北アルプスへ行ってきた。折立登山口から入り、薬師岳をピストンして雲ノ平・鷲羽岳を経由して新穂高温泉へ下りるコースである。

当初は笠ヶ岳まで縦走する計画だったが、初日の午前を除き、あいにく天候がひどく悪かったので3日目は鏡平から新穂高温泉エスケープすることにした。

 

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最近の一ヶ月でいくつか映画を観た。「東京物語「乱」タイピスト!」「ビフォア・サンライズ」「ガタカ」「ボーン・アイデンティティー」など。

 

今週末は会社の同期と雲ノ平へ行く予定。つわものの山ガールと仲良くなりたい。

エヴゲーニイ・オネーギン

金曜日夜から大阪に滞在している。研究室の同期や後輩に会い、教授に一年ぶりに挨拶するのが主な目的だが、ついでに親戚への挨拶や京都にいる旧友にも会おうと考えて、月曜日まで滞在することにした。あいにく土曜はホテルの予約が取れなかったため、この日だけはカプセルホテルではなくネットカフェに泊まっている。

 

俺のそばへと屈託なく近づいてくる奇特な人たちを除いて、なぜ俺はあらゆる人間に対して、――それが好意を寄せている女性であっても――、「きみのことはひとりの人間として尊重しているが、それは俺があらゆる人間に対してわけ隔てなく尊重する限りにおいてそうするからであって、きみがほかの人間となにかがちがうわけではないということを知っておいてほしい」というぎこちない頑なさを崩すことができないのだろう。

どうして俺は他人に興味をもつことができず、小気味の良い会話や冗談で相手を楽しませようとする意思をもつことさえできないくせに、タイ人のNとのlineをひそかに日々の楽しみとし、そしてその一方で、すでに連絡が途絶えたにもかかわらず、Kを想い続けることで責めさいなまれる苦悶を手放すことができないのだろう。

Kよ、きみは、俺が山に登るたびに自分のものとしてきた、他者に対する公平な傍若無人さを俺からすっかり奪い取ろうとしている。単独で山に登る傲岸な強靭さを俺から抜き去り、この足腰をすっかり萎えたものにさせようとしている。Kよ、俺はたとえ自分が乞食のように落ちぶれたオネーギンで、きみがこともなげに告白を振り捨てるタチヤーナであってもかまわない! すべてはもう遅すぎた、だが俺はオネーギンであることをまだやめることができないでいるのだ!

すばらしい。赤ん坊の頭をぐしゃぐしゃに叩きつぶす者がいても、やっぱりすばらしい。叩きつぶさない者も、やっぱりすばらしい。すべてがすばらしい、すべてがです。すべてがすばらしいことを知る者には、すばらしい。――『悪霊』

6月から2017年度入社の新人が部署に配属されてきた。オンライン英会話の勉強をしているという。俺も英語の勉強をまたしてみようと思う。とりあえずTOEIC800点を目標にしてみる。口だけ。

仕事や女のことを考えていると、バフチンの言葉を忘れてしまいそうになる。

バフチンが「ドストエフスキー詩学」で語った言葉とは、その過酷な環境をおぼろげに想像することさえできない遠い惑星の、金属水素の大地のもとにメタンの湖が点在する広野を歩んでゆく足の裏の感触である。あるいは、「ペドロ・パラモ」で描かれるような、土の下に埋められた無数の死人たちがひそひそと始終交わしているおしゃべりである。「白い牙」のホワイト・ファングが、荒くれものどもとのはげしい闘争のなかで、それを手繰り寄せ、鉋のようにおのれの存在をゆっくりと彫琢していくところの、自分に流れる四分の一の犬の血である。「カラマーゾフの兄弟」において、アリョーシャに施された寸志を手に取った赤貧のスネギリョフが、顔を赤色にしたり青色にしてぶるぶると震わせるその肩の震えである。

こうしたイメージをよりしろとして想起される感情はすべてこの社会では無用の長物とされているか、はなからそんなものはないとあつかわれているが、俺はこの感情なしでは自分が生きている心地がしない!!