思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

なぜ俺は医学部に進学しなかったか

こんな年齢でいまさら言うのは情けないことだが、物理学を専攻して企業に勤務するサラリーマンになるよりは、むしろ医学部に進んで医師になるほうが後悔は少なかったかもしれない。現役で東北大学理学部に合格するくらいの学力なら、一浪くらいで地方国立大学の医学部にも受かったことだろう。

小学生のとき以来、手塚治虫の「ブラックジャック」や、佐藤秀峰の「ブラックジャックによろしく」を何回も繰り返し読んだ。高名なガン専門医の叔父をもち、高校では医学部志望の友人に囲まれていたにも関わらず、俺は医師という道にあこがれることはまったくなかった。いや、正確に言えば、高校生のときはフロイト精神分析に興味を持っていたので、精神医学の点から医学部にもほんの少しだけ興味をもっていた時期がある。だが、それも医学というより哲学寄りの好奇心で、読書で自学できるであろうことを自分の将来と結びつけて考えることはできなかった。高校生のときから理学と哲学という二つの世界の間で俺は揺れており――それは大学に入学してからより顕著になる、起源を等しくしながらも両立することのない双生児のような対立項だった――、俺の視線の気ままな移ろいが医学の分野に向かうことはなかった。その原因は、単に俺が社会的な権威や名誉、金銭というものに心を惹かれなかったからだけだとは思えない。苦しんでいる病人を含め、あらゆる他者への共感に乏しかったというのも、俺を取り巻いていた世界の様相の類型的な説明にすぎないだろう。一貫して俺を魅了させていたのは、他者の感覚というあまりに実生活に食い込んでいるくせに、掴みどころがなく確かめようもない浮遊物ではなく、感覚を含めて俺に対して現れるあらゆる現象をもう一度地盤から建て直すだけの厳密さに満ちた記述法であり、その文法から眺めわたされた堅牢な世界像だった。