思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

もう5年間会っていない父親facebookのページを見つけた。過去20年間で顔を合わせたのは累計でも10日間を越えてはいない。

俺はときどき、自分に父親がいれば、漱石の小説「行人」に登場する一郎のように、他者を侮蔑と尊崇の入り混じった目で見つめるときに感じるおのれの卑小さや惨めな思いを味わわずにすんだのかもしれない、あるいは、屈折した感情を交えることなく、もう少しまともに他者と接することのできる人間になれたかもしれないと思うことがある。

 

父は日系メーカーに勤務しており、一時期マレーシアにある子会社に駐在していたようだ(今もそうなのだろうか)。この俺も日系メーカーで働き、今後はしばしばタイに出張することになるだろう。父親不在の家庭で育った俺が、まるで父の背を見て選んだかのような職に就いているのは奇妙なことだ。

俺は父親というものがだれかを知っているが、自分が父親の息子であるというよりは、思い出の彼方へと去ったかれの旧い友人という感じがする。はるか過去に忘れ去って久しい旧友が、見ず知らずの他人からかれが分け隔てられているとしたら、それは、なにかしらの点において過去に共犯であったという後ろめたさにも似た意識の沈殿がかれのもとへと繋ぎ留めているからであり、それがかつての気の置けない同盟関係の残り香を格調高く伝えてくれる。俺にとっての父親も、ちょうどかつての同志と思いがけず再会したときに感じる恥じらいと、いささか困惑させるほのかな親しみの感情を俺に想起させるので、見せかけの思い出がかれから温かいなじみ深さを放射させている。だが、父親にとって実際の俺が旧友でも同志でもなかった以上、それは、顔の見えない関係がもたらした、そしていくぶん父親というものに対する肉親ゆえの憧憬がこめられた錯覚ではある。

にも関わらず、俺が父親の血をいやおうなく意識させられるときもある。それは、女性への想いがこの節操のない魂に取りついて離れないときであり、そのときにのみどうしてか、自分が父親の息子であることを観念する立場に追いやられる。いったいこの病的な熱情がどこから生まれでてくるのかと自分で訝しむほどに恋に苦しむかと思えば、しばらくすれば尊い恋をはるか彼方へと忘却しさり、地上のあらゆる女を唾棄するかのように欲望を吐いて捨てることを繰り返すさまは、まったく自分でも理解しがたい。俺の身体のなかで、父親の不在という環境が知らず知らず育て上げた、忍耐と人間ぎらいという性向と、父がその血でもってひそかに分け与えた女性への情念がせめぎ合うことで、自分がまるで複数の異なる力に引っ張られる縄の結び目かなにかであるように感じる。ちょうどペトラルカの著書「わが秘密」において、かれがアウグスティヌスに託した良心と、アウグスティヌスには与えずに自分のために取っておいた情念や淫蕩が主権を相争うするように、俺の内部で二つの異なる父親の遺産が綱引きで闘争し、俺はそのおそろしい張力に引き裂かれそうになる。