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思ったこと、考えたこと。

日々思ったことや考えたことを日記代わりに綴っていきます。がんばります

「野火」で好きな台詞

田村一等兵、これよりただちに病院に赴き、入院を許可されない場合は自決いたします

 大岡昇平の同名の小説を原作とした映画「野火」で、田村が魂の抜け殻のように語る言葉である。田村はこのときすでに、自分がまだ死んでいないことに確信をもてないのと同じくらいに、自分がこの世界に生きていないことにも確信をもつことができないのだ。

この言葉がいっさいの感情と抑揚を削ぎ落とされて語られるとき、われわれが自分たちの生きていることを信じていられるのは、「生きている」という観念をこの世界に甘えさせることが許されているからだということがほのかに示唆される。われわれは、たとえこの世界が冷然と構えてわれわれをそっけなく突き放すように見えても、本当のところは、慈愛にあふれた視線を忘れず、最終的にわれわれに対して和解の道を提示することにやぶさかではないということを確信している。ところが戦争は、血と飢えに満ちたむごたらしい地上戦は、その確信すらずたずたに引き裂いてしまう俺が田村のこの台詞を好むのは、この世界をいつもの馴染み深いものにして共依存の道に引きこむ、世界に対するわれわれのいやらしい期待をみごとに打ち砕いて、世界を本来のものに建て直してくれるからだ。